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これまでの受賞者

2018年度 努力賞受賞

『英語力の先に何を見るか』
ヤマハモーターソリューション株式会社 瀨川 千代(せがわ ちよ)

高校の入試やセンター試験、就職活動に伴うTOEIC受験など、現代の学生は多くの場面で英語力を評価される。社会が急速にグローバル化する中、英語は最も汎用性の高い言語として知られており、国際ビジネスの場での需要も高い。実際に海外へと展開している日本企業の多くも、社員の英語力を重視する傾向がある。ならば、社会人となった際も、英語さえ話す事ができればまず困る事はないだろう。そう考えながら、学生時代の私は英語学習に取り組んでいた。しかし、本当に英語さえ話す事ができれば良いのだろうか。そして、企業が本当に求めているのは「英語力の高い人材」だろうか。

英語が万能ではないと気付いたのは、私が企業に入社した後の事。新人研修の一環として行われた工場実習での出来事がきっかけだった。実習先の工場は国内にあったが、働いている人の出身地は海を越えて様々だった。私が配属された工区では日本人をリーダーとしてインドネシア人、日系ブラジル人がほぼ同数ずつ働いており、三種類の言語が飛び交う職場となっていた。英語も日本語も満足に通じないなど、私にとっては初めての経験だった。言葉に不自由する環境でチームワークなど取れるのだろうかと、私は不安を抱いた。

工場で私の担当についてくれたのは、日系ブラジル人の女性だった。実習を始めてすぐに、私は言葉の壁の厚さを痛感した。「何をすれば良いですか」が通じず、日本語を単語で区切ってやっと伝えた後、今度は自分に指示された仕事の内容が分からなかったのである。私は何度も何度も聞き返してしまい、申し訳なさでいっぱいになった。しかし驚いた事に、担当のブラジル人女性は意思疎通に手間取る事を特に気にしていないようだった。私が指示内容を理解していないと感じると、単語の選び方を変え、見本となる動きを見せ、それでも駄目ならすぐ通訳のできる人を呼んだ。おかげで私は実習中、言葉が通じないなりに、短時間で正確に彼女の言いたい事を理解できていた。彼女の対応を目の当たりにして、私はコミュニケーション力というものについて再考した。日系ブラジル人である彼女はポルトガル語と片言の日本語しか話せないが、業務内容を細部まで私に理解させる事に成功した。英語が話せずとも、コミュニケーションを実現したのである。私はこの時ようやく、英語という手段を目的化していた事に気が付いた。本来語学は、外国の人や文化、情報にアプローチするための手段の一つに過ぎない。彼女が発揮したコミュニケーション力こそ、私が英語学習の先で身につけたかった能力なのではないだろうか。英語を用いて「相手を理解し、相手に理解してもらう」力こそ、私の英語学習の目的だったはずである。

この気付きを踏まえると、海外に事業展開する企業の多くが、人材の英語力を重視する目的も見えてくる。そもそも、企業がエンドユーザーに対してすべき事は国内・海外を問わず、どんな状況でも基本的に変わらない。顧客にとっては、手元に届けられる製品そのものが唯一の価値となる。よって、企業が顧客に向けて送り出す製品は常に万全のものでなければならない。それは、複数言語が飛び交う工場においても同じだ。数百人が連携して価値創造を目指す現場で、私たちは言語の違いを乗り越えて協力し合う必要がある。企業が人材に対して求めているのは、このような連携と価値創造を、国や言語を超えて行うためのコミュニケーション力であろう。その評価指標の一つが英語力だというわけだ。

この気付きを得てから、私は目的意識の重要性を強く意識するようになった。例えば、今回の場合は「コミュニケーション」という目的達成のために「英語」という手段があり、「コミュニケーション」の先にもまた「連携」そして「価値創造」という目的がある。常にこれらの関係性を見失ってはならない。私はいつからか英語を評価される事そのものを目的にしてしまっていた。しかし、英語はあくまで手段である。学んだ手段をどう活かすか考える事こそが重要なのだ。何を達成したいかが明確であれば、万一手段の一つが使えない場合にも、目的に即した行動ができるだろう。その事を私は、工場で働くあのブラジル人女性から教わった。

将来、英語も日本語も通じないという状況に私が直面する事はもうないかもしれない。それでも私は今後企業の一員として働く中で、言葉の通じなかった工場実習の事を何度も思い出すだろう。その度に、今の行動の目的は何か、その目的の目的は何かを考える。個人にとっても企業にとっても、常に目的意識を持つ事が重要だ。私は、どんな場面でも価値創造という目的に向かい、企業と共に歩める人材となりたい。

参考文献
・「These are the most powerful languages in the world」
URL https://www.weforum.org/agenda/2016/12/these-are-the-most-powerful-languages-in-the-world/
World Economic Forum
二〇一六年二月

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