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これまでの受賞者

2017年度 優良賞受賞

『変わらないお客様のための業務』
ヤマハモーターソリューション株式会社 鈴木 絢弓

「ありがとう。」とお礼を言われて、気分が悪くなる人はいるだろうか。
私は大学時代に司書を目指して、学習をしていた。今は縁があってITシステム会社に勤めているが、司書課程での経験は無益なものではなかった。第一に、お客様と接するという経験を得ることができたことである。
具体的には、実際の図書館で一週間ほど働くという実習をした。お客様に本の排架場所を教えたり貸出作業を行ったりと、殆どの業務でお客様と接する。お客様が望まれる対応ができた時にはお礼を言っていただけ、非常に嬉しかったことを覚えている。私が働いているのは、お客様のためなのだと実感した。

司書課程と並行して、様々な授業を受けるなかでIT関係に興味を持ち、現在の会社に入社した。お客様の役に立ちたいと、強い期待を抱いていた。しかし、入社して四カ月が経ち、フロアのなかで研修を受けていると、自分のビジョンと先輩社員の業務との間に差があることに気が付いた。
研修の課題をするために向かっているパソコンの先には、お客様の姿が見えなかった。周りで業務をしている先輩社員の近くにも、決してお客様がいるわけではない。お客様のためにという信念が揺らぎ始めた。

これをより強く感じたのは、入社一カ月後から始まったグループ会社での工場実習である。生産現場での実習は今までの研修とは違い、お客様が購入する製品を実際に生産することとなる。今度こそはお客様のための業務ができるのではないか、そう考えていた。ところが、製品を黙々と作るだけの作業は、デスクワークと同様の認識がなされた。デスクでパソコンに向かっているだけ、工場で製品を作っているだけ、業務は違っていてもお客様が見えないことは同じだった。働いている場にいないお客様には、何をしてあげられるのだろうか。
企業は、営利を目的とした組織体であり、お客様がいなければ経済活動を営むことはできない。お客様と企業は相互な関係であり、お客様がいるから企業は存続でき、企業が在るからお客様は満足できるのである。

ただ、お客様にとって企業は在るだけでは満足させることはできない。高品質の製品を提供してこそ、お客様に満足してもらえる。
この意識が芽生え始めたのは、工場実習中に製品にラベルを貼る業務をしていた時だった。私は、一度だけ気泡を入れてしまうという失敗をした。製品を使用する上では全く問題はなく、作動や寿命に影響を与えることもない。しかし、このことを報告すると、リーダーは通常業務を後回しにしてまで、時間を掛けてラベルを貼り直した。生産現場では、品質を一番に考えた取り組みがされていた。一つに、ヒューマンエラー撲滅活動というものがある。疲労や錯覚、過信などからくる人為的ミスをなくし、お客様に異常のない高品質な製品を届けるための活動だ。そのなかで、社員一人一人が目標を掲げる場がある。挙がる目標は、お客様視点を意識したものが非常に多かった。

私たちのグループ会社では、「感動創造企業」を企業目的としている。世界の人々に新たな感動と豊かな生活を提供するために業務をするのである。まさにお客様を意識しているのだ。
お客様と直接関わる業務ではなくとも、企業目的の下、社員一人一人がお客様のために業務をしていることが工場実習を通じて分かった。気泡が入って歪んだラベルを見たお客様は、良い気分にはならないはずだ。もしかすると、もう私たちのグループ会社の製品を買ってくれなくなるかもしれない。お客様のためにという信念が再び湧き上がり始めた。見えないお客様を自ら想像し感動を創造することが重要なのである。企業は、企業だけでは存在することはできないのだから。
労働省編職業分類によると、職種の数は約二万八千種あるとされている。それぞれで行われている業務は大きく異なっているであろうが、お客様から利益を得ているのは変わりない。どのような業務でも、「お客様のために」という基本は同じなのである。

当社はITシステム会社であり、現在はシステムエンジニアになるための約十カ月もの研修を受けている最中である。研修の現場にはお客様はおらず、パソコンに向かってプログラミングの勉強をしている。長い研修を終えて配属されたとしても、引き続きデスクワークは続いていく。しかし、接客業でも製造業でも私たちのようなITシステム企業でも、必ず業務の先にはお客様が待っている。
「ありがとう。」とお礼を言われると、非常に気分が良くなるものだ。それが、直接ではなく間接的であろうとも。きっと、これから私がする業務で喜んでくれているお客様がいる。見えないお客様を想像して、私は「お客様のために」業務をするのである。

参考文献
URL http://www.jil.go.jp/institute/reports/2006/057.html
タイトル 「職業紹介における職業分類のあり方を考える ─「労働省編職業分類」の改訂に向けた論点整理─」
掲載日 平成十八年五月十二日
閲覧日 平成二十九年七月二十九日

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